わかりやすく<伝える>技術
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池上 彰
私は、わかりやすい説明とは、相手に「地図」を渡すようなものだと考えています。説明のための「地図」。それを放送業界では「リード」と呼んでいます。
私はNHKに記者として採用されました。新人研修では、まず原稿の書き方の訓練を受けます。ここで、こう言われました。
「原稿を書くときには、必ずリード、つまり『これはこういうニュースですよ』という短い文章から始めること。それから中身に入っていきなさい」
NHKにかぎらず放送局のニュースを見ると、それぞれの項目の冒頭に、短い文章で中身の紹介があります。これが「リード」です。前文という意味です。
話の冒頭にリードをつけることは、ニュース原稿にかぎりません。日常の会話でも必要なことなのです。
あらかじめ「いまからこういう話をしますよ」と聞き手にリードを伝えることを、私は〝話の「地図」を渡す"と呼んでいます。「きょうはここから出発して、ここまで行く」という地図を渡し、「そのルートをいまから説明します」という形をとることで、わかりやすい説明になります。
これは、いろいろなケースに応用できます。
たとえば、発表をするとき、「これから○○分間、何々についてお話しします。私が言いたいのはこういうことです」と言ってから、「そもそも……」と続けてはどうでしょう。
聞き手はみな「結論はそこに行くんだな」と目的地がわかりますから、途中のルートについても一生懸命聞く気になります。それがないまま話が始まってしまうと、迷路に連れ込まれるような気がします。
リードに5WlHの必要はない
話をするときには、「5WlH」を網羅しなさいと、教わったことはありませんか。
When (いつ)、Who(誰が)、Where(どこで)、What(何を)、Why(どうして)、How(どのように)したのか、という話の要素を示す言葉の英語の頭文字を並べたものです。
正確な情報伝達には、この六つの要素が欠かせません。
しかし、リードでは、5WlHをすべて伝える必要はありません。
5WlHなら、「きょう午後二時ごろ、東京千代田区神田神保町の古書店街で、本を選んでいた男性が、何者かに刃物で刺され、死亡しました。警視庁は、殺人事件と見て、捜査本部を設置し、本格的な捜査を始めました」(これはあくまで例文です)というように、事実関係の詳細を盛り込む必要があります。
それに対して、リードは、「きよう午後、東京都内で殺人事件がありました」というような、おおざっぱな表現でいいのです。発生時間や場所など具体的な内容は、その後、本文に入ってからでいいのです。
仕事のうえでの報告やプレゼンテーションでも、大事な要素から発表していけば、時間切れになったところで、いつでも止めることが可能になります。
放送や新聞では、「記事は逆三角形に書け」と言われます。逆三角形とは、分量ではなく、ニュースバリューが大きなものから書けということです(図1‐1)。
1 こういうことがありました。(リード)
2 詳しくは、こういうことでした。(本記)
3 それはこういう理由でした。(理由。原因)
4 警察などが調べています。(見通し)
5 ちなみにこんなこともありました。(エピソード)
となるわけです。
放送で原稿を削らなければいけないときは、文章の最後から切っていきます。
内容を箇条書きにしてみる
あなたが人前で話をするときには、たいていの場合、メモを用意するのではないかと思います。ここまで述べた「話の相手にリードという地図を渡す」ことは、このメモづくりに生かせます。
まず、リードを考えましょう。
リードがすぐ思いつけば、それでいいのですが、もしリードが思いつかなかった場合はどうでしょう。
そんなときは、こういう話をしたいという事柄を箇条書きにしてみましょう。箇条書きにすることによって、自分が言いたいことが整理されます。その言いたいことがリードになるのです。そして、今度は、そのリードから考えていけばいいのです。
箇条書きをあらためて見ていくと、これは順番を変えたほうがいいとか、これはいらないとか、ここはやはりこの要素が必要だとか、気がついてきます。そこで初めて話の内容が整理されるのです。
言い換えると、以下のようになります。
1 話すべき内容をまず箇条書きにしてみましょう。
2 その箇条書きにもとづいてリードをつくりましょう。
3 今度は箇条書きの内容がそのリード通りになっているか検討しましょう。
4 リードにふさわしくないところが出てきたら、順番を変えたり削除したり付け加えたりしましよう。
内容整理のポイントは「対象化」(見える化)だ
短い話の準備のメモなら箇条書き程度でもいいのですが、一時間や一時間半の報告や講演ともなりますと、そうもいかない場合もあるでしょう。
そんなときは、デジタル方式とアナログ方式があります。人によって、好みのほうを選べばいいでしょう。
デジタル方式は、パソコンのワープロソフトを開き、必要な要素を書き込んでいくのです。思いつくことを何でも箇条書きにしておき、入れ替えればいいのです。
私の場合は、とりあえず必要な構成要素を並べ、画面上で順番を入れ替えます。そのうえで、各項目に関して、そこで触れるべき内容を書き込んでいきます。
これですと、思いついたことを、いつでも追加できます。いつのまにか、報告・講演内容ができあがります。こんなことができるのも、ワープロソフトがあるから。ワープロソフトは、思考を整理する優れたツールなのです。
パソコンの画面上に、アイデイアやイメージを書き出してみることには、もう一つ効果があります。それぞれの要素を、客観的に見ることができるようになるのです。頭の中で考えているだけではだめなのです。
どんなレベルの人に向けて説明するのか。対象の読者をきちんと設定しないと、解説は意味をなさないのです。最近の新聞の説明には、こうしたものが多すぎます。誰に向かって話をするのか、解説をするのか。まずは相手のことを考えることから始めなければならないのです。
わかりやすい説明の準備は、相手が何を知らないか、それを知ることから始める。
自分は、誰に向かって伝えているのか。この自間自答から、わかりやすい説明は生まれてきます。
自分がそのことを本当によく知っていないと、わかりやすく説明できないのです。なまじ中途半端に知っていると、「あれも言わなければならない、この要素を落とすと正確ではない」と不安になり、ややこしい説明になってしまいがちです。出来事の全体像が理解できていれば、それぞれの要素の価値が評価できますから、大胆に切り落とすことも可能になるのです。
よく理解していれば、わかりやすく説明できる。わかりやすく説明しようと努力すれば、よく理解できる。この原則に気づきました。
もしあなたが、職場や自分の会社・組織について、わかりゃすい説明ができなかったとすれば、それは説明方法が稚拙なのではなく、あなたの理解が不十分なだけかもしれないのです。
わかりやすい説明をするうえでは、「絶対に必要な情報」と、「あってもなくてもいい情報」を峻別し、「絶対に必要な情報」だけを伝えること。「ノイズ」をカットした、クリアな情報が必要なのです。
わかりやすい図解をするうえでも、「ノイズ」をカットすることは大事です。
たとえば、Aという出来事に続いて、Bの出来事があり、その結果Cが起き、さらにDが起き……最終的にこういうことが起きたという概念を図解するとしましょう。こういうとき、要素が最初から全部見えてしまってはいけないのです。いろいろな要素に目がいってしまい、どこを見ていいかわからなくなるからです。
こういうときには、先々の要素をいったん隠しておくのです。これが「ノイズ」をカットする、という意味です。
まずは、一つの要素=Aだけを見せておきます。「こういうことがありました」と説明したうえで、「すると……」と言いながら、隠しておいたBの出来事を見せます。さらに、Cの要素を見せていくのです。
あなたが仕事などでパワポを使ってプレゼンテーションをするときには、まずは発表用の原稿を書くことでしょう。それをもとに、パワポの図を作りますね。
これで発表の本番に臨んでしまう人が多いのですが、これで終わりではないのです。パワポの内容に即して、説明の原稿を書き直すのです。
そう考えると今度は、「どんな内容をパワポの画面に盛り込むか」を考えることになります。
パワポには、文章を書いてはいけません。文章にすると、聴衆は、画面の文字を読んでしまいます。そんなことなら、そのパワポをプリントして聴衆に配ればいいのです。
プリントしないのであれば、文章にせず、伝えたい要点、キーワードだけを抜き出すのです。
パワポによるプレゼンテーションで大事なのは、ひと日でわかることです。
ありがちなのは、パワポにビッシリ書き込むことです。本人は、「あれも、これも伝えたい」という思いがあってたくさん書き込むのでしょうが、これは逆効果以外のなにものでもありません。聞いている側に「画面を読まなければいけない」という圧迫感を与えてしまいます。発表を聞かずに、ひたすら画面を読むことに注意がいってしまうのです。
これは最悪です。
パワポの文章を読むことに注意がいってしまうと、発表者の説明の声が聞こえなくなります。
発表者がパワポの文章をそのまま読み上げているだけなら、まだついていけるかもしれませんが(それもよいことではありませんが)、そのパワポにもとづいて何か別のことをしゃベっても、その説明は耳に入りません。
口頭での説明が聞いている人にきちんと届くようにするためには、図解はひと日でわかるものにしなければならないのです。
まず基本は、自分の話のキーワードを箇条書きにして、パワポにします。そのうえで、いったん書いた原稿を、パワポにもとづいた説明の原稿に書き直すのです。
そこで初めて、自分が説明すべき内容が整理されます。
このような手順を踏むことには、もう一つ大きな利点があります。
原稿からキーワードを抽出してパワポを作ることで、自分の考えが整理されるということです。これは、先に述べた「対象化」になります。
この対象化をもとに、最終原稿を整理しましょう。
「しゃべりの上手な人」の特徴を観察するようにしました。
まず、ズバリひと言で本質を突いたことを言えて、それを補足することが上手な人です。
第二に、奇抜ではないけれどもありきたりではない、違う視点から「へえ!」という新しい視点を提示してくれる人。
「つかみ」とは、最初に相手の心をつかんでしまう、相手の関心を惹くひと言のことです。最初に聞き手の関心を惹きつけておいて、最後にもう一度おさらいしてから結論とする。それによって、プレゼンテーションがまとまったという印象を与えることができます。聞く人は、「最初なんだろうと思ったけれど、こういうことだったのか」と納得できるのです。納得感が大事です。
最初に戻らないで終わってしまうと、何となく言いっぱなしの感じがして、聞き手に中途半端な印象を与えてしまいます。
わかりやすい説明とは、常に具体的でなければいけない。これが大原則です。
講演会でもプレゼンテーションでも、つかみから結論まで抽象的な話に終始すると、「では具体的にはどういうこと?」と聞き手は欲求不満になります。
では、「キーワードカ」はどのようにして身につけることができるのでしょうか。
一つには、とことん考えて詰めていくように努力することです。
「自分はこれからこういうことを言いたい。もしひと言で言うと、どう言えるだろうか。要するにどういうことだろう」と考え抜くのです。そこからキーワードは生まれてきます。
読む文章は、途中でわからなくなったら前に戻ることができます。しかし、耳で聞く場合は、前に聞いたことを聞き戻すことはできません。 一回きりで流れていくものです。後戻りできない文章を書かなければならないのです。そんなとき、大事なことは、長い修飾語をつけない、ということです。
手っ取り早く明るい声になりたい人には、次のようなアドバイスを。
いつも口を大きく開けるように努めてみてください。暗い声の人は、日の開き方が小さく、ボソボソと聞こえます。大きな口を開けるようにするだけで、明るい声に聞こえます。
滑舌に自信がなくても、練習で改善できます。大きな声で「あいうえお」を繰り返してみるのです。
日本語は、基本的に5つの母音で成り立っています。
文の最後はふつう母音で終わります。たとえば「こういうことでした」なら、「た」はa(あ)で終わるでしょう。「こういうことです」はu(う)でしょう。
日本語の基本は「あいうえお」なのです。
ですから、5つの母音を、腹式呼吸で腹に力を入れながら声に出すことができれば、声の印象は、明るくてはっきりしたものに確実に変わります。
かつては新書といえば御三家(岩波新書、中公新書、講談社現代新書)でした。専門分野の学者が、広く一般の読者に専門知識をわかりやすく解説するという性格のものでした。
ある事柄を学ぶうえで、新書は入門書の役割を果たします。新書は、「ワンテーマ」が原則。ある一つのテーマについてわかりやすく解説していますから、そのテーマについて勉強するのに手っ取り早く役に立ちます。
きちんとした教養新書では、引用文献や、そのテーマの重要な参考文献について、著者は必ず文中や最後に示しています(この本では、そういうものがなくて恐縮です)。さらに詳しく勉強する際、この文献目録が役に立ちます。
わかりやすい説明をするには、インプットつまり情報収集をしているだけではダメなのです。実際に、自分で説明してみましょう。やってみて初めて、何が足りないかを知ることができます。
つまり、アウトプット(情報発信)をしてみることで、アウトプットには何が必要かわかり、そのためのインプットの方法が見えてくるのです。
インプットあってのアウトプット、アウトプットあってのインプット、なのです。